午前12時? 午後0時?

午前12時? 午後0時?

                        平成元年2月15日
                           周波数標準課
最近外部から「お昼の12時は『午前12時』、『午後12時』、それとも 『午後0時』どれが正しいのですか?」という主旨の質問が度々寄せられる。 この質問に対する見解を課内で統一しておく必要がある。

1 法的な根拠

午前と午後を定義している法律は、明治五年に出された 太政官布告三百三十七号(資料1)以外に は見当たらない。また、この法律が改廃された記録も残っていないところから、 現在も生きているものと考える。したがって、午前12時と呼ぶのが正しいこ とになる。

しかし、この法律にも問題があり、夜の12時については午後12時、午前零 時のどちらでも良いように解釈できるが、昼の12時については午前12時の みで、午後零時は表に載っていない。また、午前は正子から正午までで、正午 から正子までが午後だと解釈すると正午を1秒でも過ぎればそれは午後である。 この法律はもともと改歴が目的で、午前・午後の定義については十分な審議が なされなかったものと思われる。

2 社会一般での用法

鉄道、空港、バス等の交通機関は24時間制を採用しているので問題がないが、 法律を重んじる損害保険業界は12時間制を採用し、午前12時と表示してい る。(資料2)

テレビ、ラジオ、新聞、電話の時報サービス等は午後零時を採用している。ま た、小学校の低学年向けの教科書では、『1日は24時間で、午前と午後に分 け、それぞれ零時から12時まで』と説明されている。

これに対して、市販されているデジタル時計はほとんど“PM 12:00” と表示し、上記の表し方とは異なる。これは、アナログ式の文字盤には“0” の数字がなく、1〜12までであり、これをそのままデジタル表示したためと 考えられる。

この件に関し時計協会に問い合わせたところ、昭和51年に一小学生からの疑 問がだされ、担任から校長→町の教育長→県の教育長と順次その指導を仰いだ が、結論が得られずとうとう文部省まで行ってしまった。文部省でも持てあま したらしく業界の代表機関である日本時計協会に文書で問い合わせがあった。 時計協会では、この文書を日本時計学会と協力して、諸外国での表示例やアン ケート調査を実施し、次のような見解を発表している。

『家庭用デジタル時計の表示は、国の内外を問わずすべて12時間方式を採用 し、“11”時の次に来る数字は、例外なく“12”時を採用している。しか し、午前・午後の表示を伴うデジタル時計については、明かに“12”時は不 適当であり“0”時を用いるのが妥当である。また、デジタル時計の究極の形 としては24時間表示が至当であろう。しかし、この問題は従来からの慣習と 深く関連するので早急に表示方式の規正統一をはかることは時期尚早である。』

3 基本的な考え方

以上見てきたように法律的には午前12時と表示するのが正しい。しかし、正 午を1秒でも過ぎればそれは午後であり、午後零時XX分と表示するのが混乱 を生じない表し方であろう。これを午後12時と表示するとこれは明かに夜の 12時のことで資料3のような誤解の原因となる。

このような誤解を避けるためには、標準電波のように24時間制を採用するの が望ましいが、古くからの慣習もあり、表示方式の統一をはかることは困難で あろう。したがって、午前・午後の表示を伴う場合は小学校の教科書のように 午前、午後とも「00時00分00秒」に始まり、「12時00分00秒」に 終る。

つまり、

       午前12時00分00秒 = 午後00時00分00秒
       午後12時00分00秒 = 午前00時00分00秒
との考え方で統一するのが良いのではなかろうか。

                               以上

資料1

明治五年太政官布告三百三十七号(改歴ノ布告)
                    明治5年11月9日
                    太政官布告第337号

今般改歴ノ儀別紙 詔書ノ通被 仰出候条此旨相達候事

       (別   紙)
朕惟フニ我邦通行ノ暦タル太陰ノ朔望ヲ以テ月ヲ立テ太陽ノ躔度ニ合ス故ニ二 三年間必ス閏月ヲ置カサルヲ得ス置閏ノ前後時ニ季侯ノ早晩アリ終ニ推歩ノ差 ヲ生スルニ至ル殊ニ中下段ニ掲ル所ノ如キハ率子妄誕無稽ニ属シ人知ノ開達ヲ 妨ルモノ少シトセス蓋シ太陽暦は太陽の躔度ニ従テ月ヲ立ツ日子多少ノ異アル ト雖モ季侯早晩ノ変ナク四歳毎ニ一日ノ閏ヲ置キ七千年ノ後僅ニ一日ノ差ヲ生 スルニ過キス之ヲ太陰暦ニ比スルハ最モ精密ニシテ其便不便モ固リ論ヲ俟タサ ルナリ依テ自今旧暦ヲ廃シ太陽暦ヲ用ヒ天下永世之ヲ遵行セシメン百官有司其 レ斯旨ヲ体セヨ

    明治五年壬申十一月九日
一 今般太陰暦ヲ廃シ太陽暦御頒行相成候ニ付来ル十二月三日
  ヲ以テ明治六年一月一日ト被定候事
    但新暦鏤板出来次第頒布候事
一 一ケ年三百六十五日十二ケ月ニ分チ四年毎ニ一日ノ閏ヲ置
  候事
一 時刻ノ儀是迄昼夜長短ニ随ヒ十二時ニ相分チ候処今後改テ
  時辰儀時刻昼夜平分二十四時ニ定メ子刻ヨリ午刻迄ヲ十二
  時ニ分チ午前幾時ト称シ午刻ヨリ子刻迄ヲ十二時ニ分チ午
  後幾時ト称候事
一 時鐘ノ儀来ル一月一日ヨリ右時刻ニ可改事
   但是迄時辰義時刻ヲ何字ト唱来候処以後何時ト可称事
一 諸祭典等旧暦月日ヲ新暦月日ニ相当シ施行可致事


  太陽暦一年三百六十五日 閏三百六十六日 四年毎に置之
一月 大 三十一日 其一日 即旧暦 壬申十二月十三日
二月 小 二十八日 其一日 即旧暦 癸酉正月四日
    閏年二十九日
三月 大 三十一日 其一日 即旧暦   二月三日
四月 小 三十日  其一日 即旧暦   三月五日
五月 大 三十一日 其一日 即旧暦   四月五日
六月 小 三十日  其一日 即旧暦   五月七日
七月 大 三十一日 其一日 即旧暦   六月七日
八月 大 三十一日 其一日 即旧暦  閏六月九日
九月 小 三十日  其一日 即旧暦   七月十日
十月 大 三十一日 其一日 即旧暦   八月十日
十一月小 三十日  其一日 即旧暦  九月十二日
十二月大 三十一日 其一日 即旧暦  十月十二日
  大小毎年替ル事ナシ

  時刻表
─┬──────────┬───────┬───────┬───────┐
 │ 零時 即午後 子刻│ 一時 子半刻│ 二時  丑刻│ 三時 丑半刻│
 │    十二時   │       │       │       │
午├──────────┼───────┼───────┼───────┤
 │ 四時   寅刻  │ 五時 寅半刻│ 六時  卯刻│ 七時 卯半刻│
前├──────────┼───────┼───────┼───────┤
 │ 八時   辰刻  │ 九時 辰半刻│ 十時  巳刻│十一時 巳半刻│
 ├──────────┼───────┼───────┼───────┤
 │十二時   午刻  │       │       │       │
─┼──────────┼───────┼───────┼───────┤
 │ 一時  午半刻  │ 二時  未刻│ 三時 未半刻│ 四時  申刻│
午├──────────┼───────┼───────┼───────┤
 │ 五時  申半刻  │ 六時  酉刻│ 七時 酉半刻│ 八時  戊刻│
後├──────────┼───────┼───────┼───────┤
 │ 九時  戊半刻  │ 十時  亥刻│十一時 亥半刻│十二時  子刻│
─┴──────────┴───────┴───────┴───────┘
      右之通被定候事

                      注)明治5年:1872年

資料2

損害保険領収書


資料3

新聞記事
1984年6月20日 朝日新聞 『ちょっとひとこと』より

◇午後十二時とは

三鷹市の社会教育会舘をよく利用しています。この間、会舘使用申込書に午前 十時から午後十二時まで使用と書きました。正午のつもりで午後十二時と書い たのですが、係の人から電話があって「夜中の十二時まで使うのですか」とい う質問。

午後九時半の閉館なのに夜中まで使うわけないでしょ、と思いながら天文台に 午後十二時は正午のことか聞いてみました。「正午を午前十二時というのは正 しいが間違いでもない」とよくわからない返事。そして「午前零時が夜中の十 二時、午後零時が正午のこと」と教えてくれました。言葉ってむずかしいです ね。

── 三鷹市 考えると眠れなくなる主婦(三九)